遊ぶ事の大切さ
Importance of play
ホームスクールを始めた理由のひとつに、子供時代には思いっきり遊んで欲しいという親の欲がある。学校見学に行き、授業に参加してない退屈そうな生徒を見るたびに、教室で一日何時間も暇を持て余すくらいなら、どこかで思いっきり遊んで来た方がこの生徒にとっての有意義な一日が過ごせただろうにと勿体無く思っていた。
もちろん、暇を持て余す事も人生にとって必要不可欠なステージであると思うが、それでもやはり毎日のように教室で無駄に過ごす時間は機会損失だと感じるのはわたしだけだろうか。
内閣府平成19年版 国民生活白書によると、
2006年において、子どもが塾に通う割合は小学5年生で36.5%、中学2年生で42.7%である。午後7時までに帰宅するという回答が44.4%、午後9時以降の帰宅も27.6%と3割弱の子どもがよる遅くまで塾や習い事をしており、塾や習い事に通う事によって帰宅時間が遅くなり、家にいる時間が短い子どもが少なくない事がうかがえる。
小学校高学年以降では下校後も通塾する生徒が4割を占めている状態だ。更に、中学生で部活動に参加していれば一週間のほとんどが授業、部活に塾の生活で終わってしまうのは容易に想像がつく。
一体現代の子供達には、一週間にどれだけの自由になる時間が与えられているのだろうか。そういった状況を危惧し、昨今は遊びの重要性を説いている教育の専門家も少なくない。
数十年前には遊ぶ事は子どもが当たり前に行うものであり、その重要性を声高に叫ぶ事はなかったのだろうが、「遊んでばかりいる。」という様にネガティブなイメージを持たされてしまった「遊び」はそれをするために、わざわざ遊ぶ事に専門家からのお墨付きが必要になってしまったようだ。
また、幼児期 子どもは世界をどうつかむか (岩波新書) [ 岡本夏木 ]では、
子どもの発達には現実世界への適用する事の他に、その現実世界から飛び出し挑戦をすることで新しい世界を作り出す事が不可欠であり、それは遊びを通して展開されている。
とした上で、様々なタイプの遊びの成長過程においての重要性を説いている。心理学者のシミランスキーは「象徴遊びやごっこ遊びを全くさせなかった家庭の子どもに知能の発達の遅れが見られた。」と言っているし、教育評論家の小宮山博仁氏も著書「0歳から6歳で『本当の知能』を伸ばす本」にて遊びは集中力を養う上で非常に重要であり、遊びに没頭した経験のある子どもは高学年になってからの学力の伸び代が大きいと言っている。
私の子ども時代も振り返れば、遊んでばかりいた。ドッジボールばかりしていた事もあれば、放課後自転車で何時間も町中を探検していたりした。夏には近所の神社で何時間もセミを、週末は両親の店の裏の用水で魚やらカニやら汗だくになりながら一日中捕っていた。なんでそこまで必死に捕っていたのかは不明だったが、きっと狩猟採集の本能かただ単に遊ぶためだったのだろう。
養老孟司さんも共著
[http://虫捕る子だけが生き残る 「脳化社会」の子どもたちに未来はあるのか(小学館101新書) 池田清彦…:title]
でおっしゃるように、虫取りからは学べる事は非常に多い。虫取りは全身体、全神経を使ったとても高度な遊びだ。
どの虫と捕るかによって、出かける時間も必要な道具も違う。その虫を捕るためにトライ&エラーを繰り返しながら方法を最適化していく。虫を捕るときの動きも、背後からいく場合や正面からいく場合、ゆっくりと捕りにいく事もあれば、相手に自分の姿を見られる前に一気に網を振り下ろす事もある。捕りに行くときはもちろん、全神経を集中させなければならない。しかも、すべてがうまく行った様に思えても天候や自分でもわからない理由で虫が全く取れない事もしょっちゅうある。
自然を相手に遊び、自分の力ではどうにもならない事があることも学べる。そういった哲学的な面も虫取りにはある。小学校低学年、もしかしたらもっと早い時期からこれ程までに高度で集中力を要する遊びをしている訳だ。
私の場合も、学業は塾にも言っていたにも拘らず、小中学校と常に平均的な成績だった。勉強をしなければいけない動機付けも全くない状態で勉強しろといわれても頭に入ってこないのだ。両親も私に学業面では大して期待していなかったのだろうか。勉強をしろと言われた記憶はほとんどない。
ところが私は高校、大学受験の2回とも志望校が見つかると自分でも信じられない集中力を発揮し、高校も大学も成績上位者の奨学生として入学する事ができた。就職活動でもそうだった。大学3年生ともなると、OB訪問や会社説明会、エントリーシートの書き方講座で真面目な就活生は毎日とても忙しい。私はと言うと、「真面目」に遊んでいた。中国語スピーチコンテストに参加したり、オーストラリアに数ヶ月滞在したり、中国語通訳のアルバイトで台湾に出張したりと充実した生活をしていた。
結果的には、真面目な就職活動をしなかった間に積んだ経験が皮肉にも就職活動でとても役に立ち、希望していた商社へ就職ができた。この商社と並行してコンサルティング会社や投資銀行、海運会社の面接にも行っていたが、どこでもほぼ決まって「学生時代に何に打ち込んだか」が面接またはエントリーシートで聞かれた。
「何に打ち込んだか」は何かに没頭した経験のことで、何かに没頭したということは何かに集中して取り組んだということであろう。ここでも、「集中力」が物を言ったのだ。
私は虫取りで鍛えた集中力で遊んでばかりいた学生時代を克服したのだ。もっとも遊んでばかりいたので、集中力が鍛えられて人生の正念場で力が出せたと理解したほうが正しいのかも知れないが。
自身の経験を踏まえながら、遊びの専門家の意見にも支えられつつ自分の子どもには大いに遊んで遊んで遊びまくって欲しいと思って日々ホームスクールをしている。
キンダー(幼稚園)通園と情緒の安定の関係
私にとって長女は子育ての初体験。長女であるからには両親からの愛情をしばらく独占できるという特権と引き換えに、子育てが全く分かっていない両親のモルモットとならざるを得ない負の面もある。
長女より2歳半年下の長男については、キンダーに行かせない事にしたが、長女はモルモットなので4歳の1年間キンダーに通園する事になった。
キンダーでの1年間、彼女は本当に模範的な「良い園児」を演じきったように思う。園長さんからは、他の子達への気配りができ、誰とでも仲良く出来る子でみんなのリーダー的存在だとお褒めの言葉を頂いた。
こちらのキンダーでは授業参観日の他にも、希望する親はヘルパーとして授業の手伝いに入りながら子供の様子を見ることができるので、それを利用して長女の様子をクラスで見たことが2回あった。
授業内容は歌、粘土、ブロック、パズル、工作や外遊びが多く、日本の幼稚園とこの辺りは同じだ。私の園児時代は発表会用の劇のために台詞を覚えたり、ハンドベル、ピアニカの練習を何時間もさせられた記憶があるが、そういった事は長女のキンダーではなかった。
どのアクティビティが与えられても、長女はとても素直に先生に従っていた。家庭では自ら遊びを提案していくタイプで、自分が決めた遊びに1時間以上没頭する事が多かった長女。キンダーではほぼ20分毎に次のアクティビティーが大人から「用意される」ような時間割 で運営されていた。
幼児教育、早期教育の方向性と言えば、日本もオーストラリアもさほど変わらなかった。どちらも大人主導であって、子供は大選択したものを与えられる側になっていた。
教室で長女を見ていた私の心境は複雑だった。長女はあまりにもお利口さん過ぎる。彼女のパーソナリティーは次々と与えらる多忙なアクティビティに押し潰されているようにも見えた。
長女はキンダーで遊んでいるはずなのに、家庭で遊ぶときのような熱中している表情や何かを成し遂げた時の輝いた眼差しは唯一外遊びの時間を除いて見られなかった。
長女にとってのキンダーの1年は楽しくもありながら相当なストレスでもあったに違いない。それまで癇癪をほとんど起こした事のなかった娘はキンダーから帰宅すると些細な事で癇癪を起こす事が増えていた。
当初はキンダーでいじめにでもあっているのかと考え、長女本人にも聞いたが、そんな事はないと言う。キンダーのスタッフに聞いてもとても模範的な園児で皆と上手くやっているとの事。
結局、1年が経ち長女は一日も欠席する事なく卒園した。
それ以来、長女の癇癪はめっきりと減った。
サインをするだけ??ヴィクトリア州の登録制度
ホームスクールをしていると言うと、頻繁に聞かれる質問のひとつに、ホームスクーラーの両親は教員免許を持っているのかという事だ。
ほとんどの両親は教員免許は持っていないし、ホームスクーラーとして登録する際には全くといって何の資格も条件も問われる事はない。
必要なのは、VRQA:Victorian Registration and Qualifications Authority
から登録用紙をダウンロードをして必要事項を記入の上、同協会に送付する事だけだ。
その登録用紙も、氏名や住所をの連絡先事項の記入がほとんどで、
ホームスクールに関連する事項は以下抜粋部分について同意、署名する欄くらいだ。
*I/We undertake that *my/our children named XX will receive regular and efficient instruction that:
a) taken as a whole, will substantially address the following learning areas: • English • Mathematics • Sciences (including physics, chemistry and biology) • Humanities and social sciences (including history, geography, economics, business, civics and citizenship) • The arts • Languages • Health and physical education • Information and communication technology and design and technology, and
b) will be consistent with the principles underlying the Act, being the principles and practice of Australian democracy, including a commitment to: • elected government • the rule of law • equal rights for all before the law • freedom of religion • freedom of speech and association • the values of openness and tolerance
要約すると、
「私達ホームスクーラーの親は英語、数学、科学…ITこれらの教科に力を入れて教え、ホームスクーラーがオーストラリアの民主主義的価値云々に合致した教育を受けるための責任を負います。」との事。
送付後約2週間でVRQAから登録完了のレターが送られて来て、晴れて「公式に」ホームスクーラーとなる。
「公式に」というのは今日現在、ビクトリアでは登録をしていない「非公式」ホームスクーラーの数が「公式」ホームスクーラーを大きく上回るためだ。
NSW州では未登録の「非公式」ホームスクーラーに罰金が課された判例が出たが、今のところVIC州は非公式ホームスクーラーに対しての厳重措置はとられていない。
ただ、VIC州もNSW州を見習った登録制度、法整備を進めているため、2018年度からは登録の際に学習計画表の提出が課せられるようになった。
学習計画表提出の影響を受けるとされているのはおもにUnschoolerと呼ばれるホームスクーラーで、彼らは自身の教育信念に従って、上述の宣誓項目にある教科は教えないケースが多いため、計画表の提出は困難を極めるはずだ。もっとも、Unschoolerの場合そもそも登録
さえもしていない場合が少なくないのだが。
そんなこんなで、VIC州の登録は至ってシンプル、経験不問で多くの家庭では子供に教えるために親が予め教え方について予習して対応したり、夫婦間で得意教科を分担しているのが現状だ。
私は学生時代家庭教師のアルバイトをしていたので教える事に抵抗はなかったのが救いだったが、それでも英語で私自身が苦手だった算数を教えるとなると予習は欠かせないし、将来的には子供にプログラミングを学んで欲しいと思うので、いつかプログラミングを自分でもある程度覚えなくてはいけないのかと考えるだけで疲れてしまうが。
「良い学校」なんてない!
校長との面談で「良い学校」から期待を裏切られたところで、世間一般に受けの良い「良い学校」と言われているは沢山あっても、
私にとっての「良い学校」は少なくともオーストラリアには実在しないんじゃないかという疑念が確信に変わった。
オーストラリアにはというのは、実体験ではないもののリヒテルズ・直子さんの著書
[http://]
に視えるオランダの学校教育は生徒の自由度の点で私の理想の形態に近い学校があると思えたからだ。
生徒の個性を伸ばし、学習する事の楽しさを教え、創造力を養うために生徒に十分な自由時間を与え、自発的に問題発見解決ができるスキルを教えてくれて...
学校がこれほどの事を生徒に教えられる機関でない事は学校教育制度の成立背景を考えれば当たり前のコンセプトとして理解できるのはホームスクールを始めた後の事。
当時は「どの学校に入れるか」の枠組内をループしていたので無理矢理に期限内に許容範囲内の学校を探すため学校難民となっていたのだ。
[写真はホームスールの授業の風景]
「良い学校」難民の末、ホームスクール始めました
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ヴィクトリア州の幼稚園
私達の住むオーストラリアのヴィクトリア州では、日本の年長児にあたる5歳、6歳から小学校へ入学する。
4学期制のキンダー(幼稚園)も3学期には、どの小学校へ入学を決めたか、子供のお迎えに来る母親間の話題は持ちきりだ。
私はそのころ「良い学校」難民になっていたのと、前年に購入した家が出来上がる
タイミングによっては入学後すぐに娘を転校させることになってしまうので、とりあえずは優柔不断なのでまだ決めかねているとお母さん方に返事をしていた。
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人気の小学校は「校区制」
実際には、キンダーの3学期に探し始めるのではかなり遅いほうで、公立学校の「良い学校」に子供を入れさせたい場合は入学前にその学校の校区内に家を購入したり、借りたりしている家庭も多い。
そんな私達夫婦も購入した自宅もまた「良い学校」に通える校区内に留まる事を第一条件にして選んだものだった。
校区制になっているのは今のところ、人気があり入学希望者数が定員オーバーの学校についてのみで、定員未満の学校については入学者が希望すればどの地区からでも通える事になっている。
定員オーバーで第一希望の学校から入学許可が下りなかった家庭は、第二希望、第三希望と学校訪問を続け「良い学校」難民と化していくのである。
私の住む校区内の公立学校は運良く、誰もが「良い学校」という学校だった。
私は何がそんなに「良い学校」なのかというのを知りたい好奇心から入学願書を提出後、その学校の校長に面談のスケジュールを調整してもらった。
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志望校の校長との面談にて
オーストラリアにはmyschool(https://www.myschool.edu.au/)という全国の学校別データを公開しているサイトがあり、生徒の人種、世帯収入、各教科の成績等はこのサイトを見ればわかるので、面談ではスタッフや学校の雰囲気を聞いてこようと思った。
公立学校であっても、校区外の学校へ通学ができるオーストラリアでは、年に数回の学校見学会が行なわれている。また、学校選定の判断材料に校長との面談を申し込む家庭も少なくない。
結果として、校長との面談は私がフルタイムでホームスクールをする決心をする上での決定打になったので校長にはとても感謝している。
というのも、「良い学校」の校長はあまりにも官僚的で、傲慢な話し方をするような男性だったので、娘をこの先何年間も預けたいと全く思えなくなってしまったからだ。
面談には副校長も参加していて、彼女は肝っ玉母さんのような大らかで笑顔の素敵な女性だった。「良い学校」はきっと彼女が院政を行っているからか、単に校区内は上中流家庭がマジョリティーを占めているために生徒の成績も素行も良いだけに違いないと思った。
今までの人生はほとんど自分自身に関する決断ばかりだったので、割りとすぐに大きな決断もできた。
しかし今回はもし間違った決断をした場合、その代償は子供が払う事になると悩み、約半年なかなか決断できずにいた。
面談自体の鬱蒼な感じとは対象的に帰り道は半年分の悩みから開放されて久しぶりにとても清々しい気持ちになったのを覚えている。